熱盛甲子園

阪神タイガースと高校野球にまつわるスレッドをまとめております。
その他にも野球に関する情報も取り上げていきます。



    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/01/16(水) 15:58:55.74 ID:JdL0o1LG9.net

    「昨年も獲得が検討されていた」

    さる阪神OBがこう言うのは、日本ハムの中田翔(29)のことである。中田はここ2年、FA権を行使するかどうかが注目され続けた。
    とくに国内FA権を取得した2017年は、「(当時の)金本監督と相思相愛。阪神入りは既定路線」と言われたこともある。前出のOBが続ける。

    「中田自身も阪神入りを完全に諦めていたわけではなかったし、このオフも阪神は『4番・一塁』をアテこんで獲得した助っ人ロサリオが失敗に終わり、4番候補の補強は急務だった。
    しかし、助っ人獲得にかじを切った。『育成のため』といえば聞こえはいいが、その裏ではFAで獲得した糸井嘉男(37)が期待通りに活躍していないことが、影を落としているのです」

    糸井は16年オフに金本前監督の肝いりでFA入団。17年は114試合で打率・290、17本塁打、62打点、18年は119試合で打率・308、16本塁打、68打点。
    阪神ではトップ級の成績を残しているとはいえ、球団、親会社の上層部の間には、
    「4年18億円超の大型契約をした選手としては割に合わない」との声だけでなく、「低迷の要因になった」と、厳しい意見もあるという。

    たしかに、糸井は阪神入団早々に古傷を抱える右ひざを故障。昨季は9月末に左肩の腱板を損傷し、リハビリを強いられた。

    「骨折してもフルイニング出場を続けたかつての金本は別格としても、球団は糸井にチームを牽引してもらいたい、ともくろんでいた。
    が、ケガが多いだけでなく、守備にも問題がある。当初は不動のセンターとして起用するプランがあったものの、膝の影響もあって思ったほど足が動かない。
    ライトでの起用は、センターを任せるには心もとないとの判断もあった」(前出のOB)

    糸井の中堅構想が崩れたことで、守備に不安がある高山が中堅起用され、その負担も重なり打撃不振に陥るなど、マイナス面も出た。
    こうした糸井の“物足りなさ”が、阪神に野手のFA補強に二の足を踏ませた側面もあるというのだ。

    一方、中田は昨15日、神戸市内で自主トレを公開。「キャリアハイを目指したい」と意気込んだ。
    オフに3年10億円の大型契約を結び、名実ともに日本ハムの顔となったが、糸井がもっと働いていれば、「阪神・中田」が誕生していたかもしれない……。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190116-00000022-nkgendai-base
    1/16(水) 12:00配信


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    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/01/12(土) 22:20:09.04 ID:2T0TwWn99.net

    阪神・谷川昌希投手(26)が結婚したことが分かった。
    お相手は福岡県出身の26歳の一般女性で、1並びの「1月11日」に婚姻届を提出した。
    高校時代に知り合い、4年間で10度以上の告白を重ねて“11回目のプロポーズ”を実らせた。
    見事な“粘投”で生涯の伴侶を得て、2年目の飛躍へ準備は整った。
    今冬は坂本、板山と期待の若虎が結婚ラッシュ。
    果たして、次に幸せをつかむのは――。

    思いを込めた“直球”を何度、投げ込んだことか。ボール、ボール、ボール…。
    首を振られても、谷川の心は折れない。
    「押してダメなら、もっと押せ」と言い聞かせ“ストライク”が響き渡るまで腕を振った。

    筑陽学園3年時、野球部を引退後に友人の紹介で、女優・宮崎あおい似の同い年の美女と出会った。
    「本当にきれいな人。話しても、こっちの気持ちが落ち着く」。
    すぐに告白し、交際はスタートした。

    「バッテリー」結成に時間はかからなかったが、「ここからが長かった…」という。
    東農大へ進学後は東京―福岡の遠距離恋愛。
    すれ違いが続き大学3年時に彼女から別れを切り出された。
    野球を最優先し「どうせ、すぐ戻ってくる」と最初は強気に出た。
    ところが連絡しても会ってくれず、2年が経過した。

    九州三菱自動車に進み、福岡に帰ってきても状況は変わらない。
    3年ぶりに食事の約束を取り付けて復縁を申し込んでも、答えは「NO」。

    社会人2年目には「勝負をかける」と強い気持ちを手紙にしたため、自宅に投かんしても駄目だった。

    急展開したのは「野球を辞める覚悟」と決意して、プロ入りを目指した3年目。
    この1年に懸ける思いを友人として聞いてくれていた彼女から食事に誘われた。
    「本当にこれが最後」と力を振り絞った“直球”を、ようやく受け止めてくれた。
    偶然にも、その日は、高校時代に交際し始めた日と全く同じ。切れていたはずの赤い糸は結ばれていた。

     昨年7月の球宴休みに福岡市内のホテルにあるチャペルにサプライズで誘い出し「結婚して下さい」と告げると笑顔で「お願いします」と返ってきた。
    「冗談抜きで10回以上は告白しました」と振り返った“11回目のプロポーズ”を実らせ、既に西宮市内で新婚生活もスタートさせた。

     1年目の昨季は7試合に登板。矢野監督が指揮した2軍では7勝1敗、防御率2・62を残し、先発、中継ぎと幅広い起用で安定感を見せつけた。

    「高校から一緒にいるので、本当に居心地がいい。支えてもらっているのでグラウンドで結果を出して恩返しがしたい」。
    粘ってつかんだ“白星”を飛躍への大きな力に変えた。

     ◆谷川 昌希(たにがわ・まさき)1992年(平4)10月6日生まれ、福岡県出身の26歳。
    筑陽学園、東農大を経て入社した九州三菱自動車では1年目から公式戦出場。17年は侍ジャパン社会人代表でBFAアジア選手権制覇に貢献し最優秀防御率とベストナイン受賞。
    17年ドラフト5位で阪神入団。昨季は5月10日巨人戦先発でデビュー。6月2日の西武戦救援でプロ初勝利の7試合1勝1敗。1メートル75、79キロ。右投げ右打ち。

    1/12(土) 5:35配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190112-00000006-spnannex-base.view-000


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    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/01/15(火) 11:29:26.49 ID:SUijIQTb9.net

    日刊スポーツは記者がオリジナルの視点で取材、構成する「リポート」をお届けします。第2回は阪神担当の真柴健記者が望月惇志投手(21)のルーツをたどりました。
    3年目の昨季はリリーフで37試合に登板。
    矢野監督は今季の開幕投手候補に挙げるほど飛躍を期待しています。高校時代のエピソードを横浜創学館・森田誠一監督(54)に聞きました。

       ◇   ◇   ◇

    望月は矢野阪神の中で、大ブレークが期待される1人だ。ルーキーイヤーに、甲子園のデビュー戦でいきなり153キロを計測。
    昨年はリリーフで実力の片りんをのぞかせ、自己最速は158キロまで伸びた。
    武器である剛速球のルーツは高校時代にあった。恩師は明*。

    森田監督 きっちりと筋持久力と筋瞬発力のトレーニングを分けていましたね。
    持久的なトレーニングは2時間ほどの走り込み。手を抜けないように、何分以内、何秒以内と時間を切って決めていた。
    距離ではなくて時間でね。各場所にコーチが立っていたので、気は抜けなかったと思います(笑い)。
    コースがあるので10周で何分だとか目標設定を絶対にしていた。

    素材は抜群だった。横浜創学館に入学した時、すでに身長が180センチほどあったという。

    森田監督 とにかく背が高くて、すらっとしてた。マッチ棒みたいな感じ。中学時代は成長痛もあって、思うように投げられなかったそうで。
    (入学時は)「おおっ」と、うなるような投手ではなかった。もしかしたら化けるかもと。

    コーチの目が厳しいランニングメニューに、徹底的に体幹トレーニングをこなした。

    森田監督 練習は手を抜かない。もう少し、遊び心があっても良いんじゃないかと思うほど。
    「食トレ」もやっていましたね。体を作るためのサプリメントと食事を併合して、強い体を作りました。

    マッチ棒のように細かった体が、グングンと力をつけた。

    森田監督 入学時は120キロ出たかどうか。(2年秋の)新チームになって、137キロ。冬を越えて、3月の終わりに148キロを出したんです。
    3月の練習試合解禁の日にですよ。「速いな!」って。真面目に練習したから、能力が顕著に伸びた。
    冬場の体作り、徹底的な走り込み。元々のポテンシャルに筋力が一気にマッチしましたね。

    プロ入り後は順風満帆とは言えなかった。
    入団1年目の16年10月1日に甲子園で初登板。福原投手コーチの引退試合で投じた153キロ直球に明るい未来が、確かに見えた。
    しかし疲労蓄積による右肘痛や腰痛に苦しんだ。
    17年には腰痛ヘルニアの手術に踏み切る。入院中、病室のベッドではマウンドで躍動する姿をイメージ。再び、輝く瞬間を待ち望んでいた。

    森田監督 高校時代に体のどこかが『痛い』と言ったことは1度もなかった。体は頑丈で故障もなかった。だから意外でしたね…。

    プロに入るまで経験したことのない、リハビリ生活は毎日が苦痛だった。それでもまじめな性格で、乗り越える。腰のヘルニア手術を受けた後は鳴尾浜のウェイトルームにこもった。
    自らに足りない部分はトレーニングで補う。自己理解ができるからこそ、ケガを乗り越えてマウンドで躍動できた。

    ◆望月惇志(もちづき・あつし)1997年(平9)8月2日生まれ、神奈川県横浜市出身。
    5歳で野球を始め、芹が谷中学時代は横浜南ボーイズに所属。横浜創学館では3年時に最速148キロを計測し、夏の神奈川大会8強。
    甲子園出場なし。15年ドラフト4位で阪神入団。1年目の16年10月に福原忍の引退試合となった巨人戦(甲子園)で1回0封デビュー。
    17年は、右肘痛や腰痛など故障に泣き、12月に腰部ヘルニアを手術。リハビリから再起して昨季は37試合に登板した。190センチ、92キロ。右投げ右打ち。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190115-00446523-nksports-base
    1/15(火) 5:00配信


    (出典 www.nikkansports.com)


    http://npb.jp/bis/players/81885132.html
    成績


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